都心の杜、その傍らに満ちる
清らかな静穏へ。
現地付近の街並み(徒歩1分/約50m)
都心5区で、わずか1.1%。
東京の選ばれし邸宅地。
都心5区※1で過去10年間※2に供給された新築分譲マンションは506物件。
そのうち駅徒歩5分以内は352物件、さらに第一種低層住居専用地域に限るとわずか6物件です。
しかも、そのすべてが西原をはじめとした代々木公園西側に集中。
都心におけるこの稀少性こそ、長きにわたりセレブリティに選ばれ続ける理由といえるでしょう。
現地付近の街並み(徒歩1分/約50m)
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用途地域概念図
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端正な風光を描く
第一種低層住居専用地域。〈サンウッド代々木西原〉が位置する西原三丁目の大半は第一種低層住居専用地域。
建物の高さや用途に厳しい制限が設けられ、邸宅が建ち並ぶ良好な住環境と整然とした街並みが保たれています。
また、将来的な土地の細分化を防ぐため、最低敷地面積も定められています。
用途地域概念図
眺望写真
都心と大空に寄り添う
丘の上の邸宅地。
〈サンウッド代々木西原〉は、渋谷や新宿よりも標高の高い約39mの高台に位置。
西側へ傾斜するヒルトップならではの、第一種低層住居専用地域の邸宅が連なる眺望と、
都心にありながら大空を見渡せる開放感を享受できます。
また、近年増加する浸水リスクについても、駅周辺では一部浸水予想があるものの、
高台へ上がるにつれてリスクは低くなっています。
断面イラスト
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澄み渡る静けさを装う高台、
その揺るぎない価値を。渋谷や新宿といった都心を間近にした標高約39mの邸宅地。
この高さこそ、不変の優位性として都心居住における確かなアドバンテージとなります。 -
標高概念図
現地付近の街並み(徒歩8分/約590m)
時代を切り拓いた名士たちが描いた、もうひとつの未来。
現在は政財界の名士が暮らす「代々木上原」駅周辺ですが、
明治初頭は鬱蒼とした森だったといわれています。
この地を農村として開拓したのは、明治維新の中心人物・木戸孝允。
その後、外務大臣・青木周蔵から土地を譲り受けた実業家・鈴木善助が「大山園」を開園し、
7万坪を超える敷地に滝や四季折々の花木を配した風光明媚な和風庭園として一般にも公開されていました。
さらに、紀州徳川家第15代当主・徳川頼倫がこの地を受け継いだことから、
一帯は「徳川山」と呼ばれるようになりました。
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左:木戸孝允(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
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1936年(昭和11年)当時の航空写真(出典:国土地理院ウェブサイト)