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絢爛の美を愛でにいく ホテル雅叙園東京の「百段雛まつり」

Vol.76 / 2018, 02

もうすぐ「雛まつり」。街角にも桃の節句の装飾が目立つ今日この頃、春ももうすぐという気がしますね。ご家庭ではお雛さま、飾っていますか? 子どもの頃に比べると、めっきり段飾りを見る機会が少なくなっている気がしますが、いま東京で最大級のひな飾りを見られるイベントが、ホテル雅叙園東京で開催されています。江戸から昭和初期にかけて、大名家や豪商の子女のためにしつらえられた格別なお雛さまを見に、足を運んでみませんか?

SUNWOOD CLUB MAIL MAGAZINE Vol.76

例年大好評の「百段雛まつり」

ホテル雅叙園東京(昨年4月に目黒雅叙園から名称変更)が毎年1〜3月に開催している「百段雛まつり」は今年で9回目。毎年、異なる地方の雛人形が集められ、過去8回で延べ47万人が訪れています。

今年は、近江・美濃・飛騨地方(滋賀県・岐阜県)のお雛さまをテーマにしています。京都に近いこれらの地方では、西の雛文化、すなわち“みやこの流行”がいちはやく取り入れられており、豪華絢爛たるお雛さまが今に伝えられています。

ホテル雅叙園東京に許可をいただき、展示の一部を紹介します。

飛騨高山の旧家に伝わる、嫁入り道具として何世代にもわたって蓄積されてきたお雛さまの展示
飛騨高山の旧家に伝わる、嫁入り道具として何世代にもわたって蓄積されてきたお雛さま

こちらは飛騨高山の旧家に伝わる、嫁入り道具として何世代にもわたって蓄積されてきたお雛さまの展示。桃の節句に雛人形を飾る風習が生まれたのは江戸時代の初期で、当時のお雛さまは小さく段数も少ないシンプルなものだったそう。やがて江戸時代の後期になると繁栄を競うように大きくなりますが、「享保の改革」による倹約令がだされると、華美な大型雛は禁止されたためにまた小さくなり…といったふうに、時代を反映したお雛さまを一同に見ることができます。

台所道具の精巧なミニチュアがたくさん飾られている
台所道具の精巧なミニチュアがたくさん飾られています。

また人形だけでなく、台所道具の精巧なミニチュアがたくさん飾られているのも、西の雛飾りの特色なのだそう。女の子は将来大店(おおだな)に嫁いで、家事を仕切ることができるようにと、そんな願いの表れなのかもしれません。

江戸後期の京都で大流行した御殿飾り

御殿飾り
宮中の様子が再現された「源氏枠」と呼ばれる形式のお雛さま

ところで、お雛さまの最上段が、私たちの見慣れている金屏風ではないことが不思議ではありませんか? これは、「御殿飾り」といいます。金屏風の前ではなく、御殿のなかにお雛さまを置く飾り方が、江戸後期の京都で大流行したそうです。

なかでもこちらは屋根や天井がない、舞台装置のような「源氏枠」とよばれる形式で、宮中の様子が再現されています。見る人は、平安絵巻物の物語の一場面に入り込んだかのような気分に…。豪商の令嬢たちも自分もおひめさまになって、ワクワクしながらこのお人形を見つめていたのかもしれませんね。

御殿飾り
静岡東照宮風の御殿飾り
御殿飾り
屋根に金の鯱(しゃちほこ)らしきものを載せた塗り物の御殿

「御殿飾り」の流行は、名古屋や静岡あたりまで広まったそうで、御殿のかたちも京都御所風から静岡東照宮風、屋根に金の鯱(しゃちほこ)らしきものを載せた塗り物の御殿まで。地元のシンボルを取り入れて、進化していったお雛さまはどれも個性的で、一風違った趣があります。

ご当地バージョンのお雛さまから庶民の土雛まで多種多様

岐阜県郡上市の「日本土鈴館」という民間博物館の所蔵の庶民も楽しんだ土人形の雛人形
岐阜県郡上市の「日本土鈴館」という民間博物館の所蔵の庶民も楽しんだ土人形の雛人形

驚かれるかもしれませんが、こちらもお雛さまです。贅を尽くした御殿飾りとはうってかわって、庶民も楽しんだ土人形が並びます。丸みを帯びた姿も、ちょっとヘタウマな表情も素朴で愛らしく、土雛には土雛の味わいがありますね。これらは、岐阜県郡上市の「日本土鈴館」という民間博物館の所蔵です。

イベント情報

百段雛まつり
~近江・美濃・飛騨 ひな紀行~

会場
ホテル雅叙園東京
目黒区下目黒1-8-1
日時
2018年1月19日(金)-3月11日(日)
10:00-17:00(最終入館16:30)
彦根藩の井伊直弼の娘、砂千代姫のお雛さま
彦根藩の井伊直弼の娘、砂千代姫のお雛さまが特別公開もされているのも見どころ!

コラム:「ホテル雅叙園東京」と「百段階段」

百段階段

ここでちょっと「ホテル雅叙園東京」の歴史についても、おさらいをしておきましょう。創業は1928年、なので今年でちょうど創業90周年を迎えます。モダンな宴会場として、また日本で初めての総合結婚式場として、幅広い人々に愛された場所でした。太宰治の短編『佳日』に「目黒の支那料理屋」として登場したり、映画の舞台モデルとされるなどして注目されました。

百段階段は、1935年(昭和10)に建てられた、敷地内に現存する最古の木造建築です。昭和初期は全国各地で質のよい数寄屋建築(風流な茶室風の造りを取り入れた日本家屋)が建てられた時期であり「百段階段」はその中でも傑作のひとつといわれています。
夜な夜な華やかな宴が行われた和室7部屋を、99段の長い階段廊下がつないでいます。荒木十畝(*1)や鏑木清方(*2)といった、当時日本を代表する作家が率いる画塾に、部屋を一つずつ任せてつくらせた室内装飾の華麗さは、今も目を見張るほど。2009年に東京都有形文化財に指定された、室内の建具や天井もぜひ一緒に鑑賞してみてください。

*1…荒木十畝(1872 -1944)長崎県出身、華やかな花鳥画を得意とした日本画家。文展審査員・日本画会顧問・読画会会長・芸術院会員などを務め、戦前の日本画壇で保守派のリーダーの一人として活躍した。
*2…鏑木清方(1887-1972)明治時代の東京の風俗を写した日本画家。作品はほとんどが人物画で、近代日本の美人画家と賞せられる。生前住んでいた鎌倉には「鎌倉市鏑木清方記念美術館」がある。
http://www.kamakura-arts.or.jp/kaburaki/

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