日本橋BASE(赤穂浪士にゆかりの地)

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勝海舟の生誕の地として紹介した両国は、赤穂浪士の討ち入りの地でもあります。
「サンウッド東日本橋フラッツ」の東側にある隅田川を越えると両国になります。

赤穂浪士の討ち入りと言えば浅野内匠頭や47士の墓所である高輪の泉岳寺が有名ですが、 赤穂浪士が討ち入りをした吉良邸がどこにあったかをご存知ですか?

松之大廊下で浅野内匠頭に切りつけられた吉良上野介は、 東京駅八重洲北口近くの呉服橋辺りに居を構えていましたが、現在の両国3丁目へと移り住むことになりました。 移り住んだ理由は諸説あるようですが、赤穂浪士にとっては討ち入りがしやすい環境へとなったようです。

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両国へ移り住んだ吉良上野介ですが、そのお屋敷は広く両国3丁目の半分以上が屋敷の敷地だったようです。
吉良邸があったことを示す吉良邸跡の本所松坂町公園には、吉良上野介の像や討ち入りの際に亡くなった吉良家家臣がまつられています。

泉岳寺では、赤穂浪士の討ち入りの日である12月14日に「赤穂義士祭」が行われていますが、 ここ両国の吉良邸跡の本所松坂町公園でも「吉良祭」が行われます。
吉良邸跡地とされる範囲で「元禄市」も開催されるようなので、赤穂浪士の討ち入りの時期には、吉良祭もチェックしてみてください。

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【吉良邸跡】
住所:東京都墨田区両国3-13-9

墨田区では、「まち歩きガイドブック」を公開しています。
討ち入りの際に準備したとされる堀部安兵衛道場跡や前原伊助宅跡などの赤穂浪士ゆかりの地などもあるようです。
すみだ まち歩きガイドブックはこちら

【勝海舟の生誕の地】編はこちら

【赤坂が住まい(赤穂浪士にゆかりの地)】編はこちら



※掲載の情報および画像は2017年1月時点の情報と撮影時期になります。

※掲載の徒歩分数は分速80mとして算出しており、端数を切り上げてあります。
※掲載の情報は記事の掲載時点の情報であり、現在とは異なる可能性があります。