赤坂が住まい(赤穂浪士にゆかりの地)

赤坂エリアは赤穂浪士にゆかりの地。(氷川神社)

赤穂浪士の討ち入りといえば、江戸城松之大廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったことから、主君のあだ討ちのため、 大石内蔵助を含めた47士が吉良邸に討ち入りをしたことは有名です。
浅野内匠頭が切腹した後に正室阿久利は、出家し瑤泉院と称し生家である三次浅野家に幽居しました。 幽居した浅野土佐守邸跡は、現在赤坂にある氷川神社の境内となっています。

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氷川神社境内



忠臣蔵などの演目では、「南部坂の別れ」として討ち入りの前日に大石内蔵助が瑤泉院に「お暇乞いの挨拶に来た」と言って 討ち入りのことを告げようとしていたが、間者がいる可能性があり、言えずじまいで帰路につくという内容です。 討ち入りを伝えたくても伝えられない大石とあだ討ちをすると言う言葉に期待する瑤泉院との二人のもどかしさや葛藤が非常に印象深い場面になりますが、史実では大石内蔵助は、赤坂まで瑤泉院に会いに行かずに書状を送るというあっさりとした内容だったようです。

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南部坂上(旧分譲サンウッド赤坂氷川

その後、赤穂浪士47士は両国にある吉良上野介邸に討ち入りをします。


 

【浅野土佐守邸跡】
住所:東京都港区赤坂6丁目10-12



【サンウッド赤坂丹後町】公式ホームページはこちら
「赤坂見附」駅・「赤坂」駅徒歩6分。「青山一丁目」駅徒歩圏。6駅7路線を駆使し、自在に操る。
皇居と赤坂御用地に挟まれた丘上の邸宅地、赤坂丹後町。

※掲載の画像は2017年1月撮影。

※掲載の徒歩分数は分速80mとして算出しており、端数を切り上げてあります。
※掲載の情報は記事の掲載時点の情報であり、現在とは異なる可能性があります。