赤坂が住まい(勝海舟が過ごした町)

赤坂エリアは勝海舟も暮らした町。(旧赤坂氷川町)

両国で産まれた勝海舟は、23歳から亡くなる76歳まで長崎への赴任などがありましたがほとんどは赤坂の地で暮らしていました。
誕生から青年期はこちら(両国編)
勝海舟が赤坂に住むきっかけになったのは、赤坂溜池にある福岡藩士である永井青崖(せいがい)から蘭学を学ぶためだったようです。 今で言う職住近接の考え方だったのかもしれません。
長崎での海軍伝習所赴任などありましたが、江戸へ戻ってくると再び赤坂で10年ほど暮らしています。

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30代を過ごした邸宅跡



江戸城無血開城により徳川慶喜に従って今の静岡市に引っ越しましたが、明治時代に入り勝海舟は再び赤坂の地に帰ってきました。
新たに暮らしはじめたのは、旧氷川小学校跡地になります。 碑には勝安房と記されていますが、勝海舟が安房守と名乗ったことからのようです。
2016年9月には、師弟像として勝海舟と坂本竜馬の像が旧氷川小学校跡地に建立されました。

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晩年を過ごした邸宅跡



 

【30代に過ごした邸宅跡地】
住所:東京都港区赤坂6丁目10-41



 

【晩年を過ごした邸宅跡地】
住所:東京都港区赤坂6丁目6−14




【サンウッド赤坂丹後町】公式ホームページはこちら
「赤坂見附」駅・「赤坂」駅徒歩6分。「青山一丁目」駅徒歩圏。6駅7路線を駆使し、自在に操る。
皇居と赤坂御用地に挟まれた丘上の邸宅地、赤坂丹後町。

※掲載の画像は2017年1月撮影。

※掲載の徒歩分数は分速80mとして算出しており、端数を切り上げてあります。
※掲載の情報は記事の掲載時点の情報であり、現在とは異なる可能性があります。